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2008.06.24 イソップ寓話
ハツカネズミとクマネズミ

何事も自分を基準に考えると間違いに気付くのに
時間がかかります(世界は広い)

馬齢・牛齢・犬齢

神は人の寿命を最初に決めたのにそれに従わず
馬・牛・犬の寿命までも加えて寿命にしたから
末路は大変・・・奪うものを間違えると豊かな精神年齢は失われます
悟りは死の直前になって来るかも知れません
若年なのに老年の考えでは冒険は楽しめません、むしろ精神年齢を下げて
時には馬や鹿になっても良いのでは

愛と狂気(恋は盲目)

愛の神と狂気の神がけんかして狂気の神に愛の神が一撃をそして愛の神は盲目に
愛の神の母アフロディティは復讐をします
その結果盲目の愛の神の先導役を狂気の神が引き受けて(愛は盲目)と
愛なんて狂気の沙汰ですから(笑)

カラスの子

ワシの真似をしても叶わぬこと欲張りは禁物

踏まれたヘビ

いつも人間に踏まれてばかりのヘビ
神は最初に踏んだ人間を噛めば次には踏まれずに済んだのにと教える
仏の顔も三度までで時にはお人好しも止めて
「利己的な遺伝子」の著者
リチャード・ドーキンスはコンピューターシュミレーションで囚人のディレンマ
状況でどんな状態が有効かと「お人好し」の原則はよいが、相手が裏切りを
したら報復が好いという結果を出した

月のうさぎ神は老人になって下界におり、キツネとサルとウサギに物乞いをした
サルとキツネは食べ物を与えたがウサギは探せなかった
その代わり木の皮を集め火をつけて「わたしを食べてください」とそこに飛び込み
犠牲になってまで老人を助けようとした
その後神はウサギを月に住まわせそこで餅をついているという故事

人の営みに常識と言われるものがあるが、節度の基準は乱れて合法化すると基準も変化する

未熟や稚拙というものだけを捉え、精神年齢が低いという決めつけで考える人は、早く悟りを開き早期に老人になってこの世を憂いながら死を迎えるだろうと思います
忙しく過ぎゆく青春などは幻のうちに終わるもの、体力が衰えてから我が身を知るということもあります
むしろ老人になってこそ、自由に制約から解き放されて、柔軟な心で羽ばたけるのではないかと思うのです 
こころの自由こそが人に与えられた最高の幸せ感だと思います
自由・平等・博愛というフランスの自由の精神は人類が皆望むべきものなのだと確信します
私は責任のある自由さ、相手を思いやる平等心、慈悲をもって愛を尊ぶものと解釈しています

イソップの話は誰しも一度は本で知っているものですが、改めて見直すと奥が深く、人間のもつ
微妙なこころの動きあるいは働きを寓話にして顕著に表している素晴らしいものですね

人はそれほど強くはなくそして弱くもなく淡々としたもの
なぜならこの試練の世界を生きているのですし、いつかはやって来る
死をも受け入れることが出来るからです

少し弱くなったときイソップを思い出し、強く元気でいるときは少しセーブする意味で暇なときに
読み直すとニュートラルな姿勢で生きていけるような気がいたしますが、いかがでしょうか。
  



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